本日は昨日の続き、旧東独のお話
です。
第2次世界大戦(WW2)後、ドイツは
東西に分裂されました。
同様に、カール・ツァイス社も
東西に分裂することとなりました。
分裂により、西と東の両方にカール・
ツァイス社が存在することになります。
裁判の末、
西側=カール・ツァイス
東側=カール・ツァイス・イエナ
と名乗るようになります。
戦後、東側ドイツには以下のカメラ
がありました。
ツァイス・イコン社のコンタックス
イハゲー社のエキザクタ
カメラベルク社のプラクチカ
これらのカメラにカール・ツァイス
レンズの製造が求められました。
これが、カール・ツァイス・イエナ
の土台となります。
戦後しばらく、カメラの主役は
レンジファインダーカメラでした。
そんな中、カール・ツァイス・
イエナは一眼レフ用レンズを作ります。
カール・ツァイス・イエナのレンズ
は質が良く世界でシェアを伸ばします。
同じ共産圏でも、
ロシアはコピー品
東ドイツは最先端技術を使った
レンズ
を製造します。
カール・ツァイス・イエナは世界で
トップメーカーの1つとして位置付け
られます。
こんなカール・ツァイス・イエナの
地位を脅かしたのが日本のニコン
なのです。
1950年朝鮮戦争を機に、ニコンの
カメラが世界に知れ渡ることに
なります。
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